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アスベスト分析JIS A 1481-1法のための適切な採取について考えてみる


アスベスト現地調査で建材断面を目視確認
写真:現地調査で建材断面を目視確認

この記事を読んでいただいている皆様の中には、建築物石綿含有建材調査者(以下、建材調査者)の資格をお持ちで、アスベスト分析用検体の採取のご経験のある方もいらっしゃることと思います。

ある建材のアスベストの有無が不明な場合、それを明らかにするために検体採取と分析を行うことになります。正しい分析結果を得るためには適切な検体採取と正確な分析の両方が欠かせませんが、適切な検体採取がどういうものであるのかについては過去の経緯から混乱が見られる場合もあるようです。ここではアスベスト分析JIS A 1481-1法(以下、JIS-1法)のための適切な検体採取について改めて考えてみたいと思います。



JIS-1法のアスベスト分析が3箇所1検体と誤認される歴史的経緯


日本におけるアスベスト調査・分析においては長らく、1種類の建材に対して3箇所から採取を行い、その3個の検体をまとめて1検体として扱うという事が行われてきました。2006年に出されたJIS A 1481: 2006の中では「5.1 試料の採取」において以下のように書かれています


吹付け材,保温材のようなやわらかい材料の場合は,10cm3程度/か所で3か所から試料を採取する。板状で比較的硬い材料の場合は,100cm2程度/か所で3か所から試料を採取する。」(JIS A 1481: 2006, 5.1)


2008年に改訂された際も


吹付け材,保温材のような軟らかい材料の場合は,1か所10cm3程度で,3か所から別々に試料を採取する。また,板状で比較的硬い材料の場合は,1か所100cm2程度で,3か所から別々に試料を採取する。」(JIS A 1481: 2008, 5.1)


となっており、表現の細かな違いはあるものの1種類の建材について3箇所での採取を行うことになっています。JIS A 1481(以下旧JIS)においてはこのように3箇所から採取された検体は分析の際に混合されて1つの検体として扱われていました。


2012年にアスベスト分析の国際規格であるISO 22262-1が制定され、その日本語訳が2014 年にJIS A 1481-1として導入されました。これと同時に旧JISは廃止され、定性分析と定量分析に分けられて新たにJIS A 1481-2、JIS A 1481-3として制定されました。JIS A 1481-2、3においても、採取した後の検体の保管についての記載が加わっているものの、基本は同様で3箇所から採取された検体を合わせて1つの検体として扱っています。


吹付け材,保温材のような軟らかい材料の場合は,1 か所10 cm3 程度で,3 か所から別々に試料を採取し,それぞれの試料を密封した容器に入れ,更に,三つの試料を一まとめにして密封容器に入れて当該箇所の試料とする。また,板状で比較的硬い材料の場合は,1 か所100 cm2 程度で,3 か所から別々に試料を採取し,それぞれの試料を密封した容器に入れ,更に,三つの試料を一まとめにして密封容器に入れて当該箇所の試料とする。」(JIS A 1481-2: 2016, 5.1)



アスベスト分析の国際規格 ISO 22262-1(日本語訳JIS A 1481−1)では


アスベスト分析の国際規格であるISO 22262-1およびその日本語訳であるJIS A 1481-1では、基本的に1箇所から採取した検体を1検体として分析を行います。異なる箇所から採取した検体を混合することが許されるのは、分析対象が含有量にばらつきがあることが予測される素材でかつ、その素材の平均濃度を知りたい場合に限定されています。


[The number of samples to be taken is dependent on the nature of the material, whether the material is homogeneous or inhomogeneous, and the size of the area under consideration. In the case of materials known from prior experience to be homogeneous, it may be sufficient to collect one sample, although collection of more than one sample provides additional confidence that the results are representative of the material being sampled. When materials are suspected to be inhomogeneous, it is necessary to collect several samples and to ensure that each of the samples is of sufficient size. If it is intended to determine the range of asbestos content in an area of material, it is necessary to analyse all of the samples individually. Otherwise, such samples may be combined before analysis in order to ensure that the sample analysed represents the mean asbestos mass fraction of the material.] (ISO 22262-1, 5.2.2.3)

採取される試料の数は,材料の性質,その材料が均一又は不均一のいずれであるか,また検討対象領域の大きさにも左右される。従前の経験を基に,均一であることが既に分かっている材料の場合,1 件の試料採取で十分と思われるが,試料を複数採取することによって,その結果が材料を代表するという信頼性が加わる。材料の不均一性が疑われる場合,試料を幾つか採取し,各試料の十分な大きさを確保する必要がある。ある場所における材料中のアスベストの濃度範囲を決定することを目的とする場合、すべての試料を個別に分析する必要がある。それ以外の場合は、分析された試料が材料の平均アスベスト濃度を代表することを確実にするために、分析前に試料を混合しても良い。」(JIS A 1481-1ただし下線部はJISの本文中に誤りがあるため小沢による日本語訳)



JIS-1法で「3箇所採取して1検体として分析」は適切なのか?


3箇所からの採取は石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル」や「建築物等の解体等に係る石綿ばく露防止及び石綿飛散漏えい防止対策徹底マニュアル」でも引き継がれており、その理由としてアスベスト濃度がばらついている可能性があるということが挙げられています(「石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル第2版」p.26-30、「建築物等の解体等に係る石綿ばく露防止及び石綿飛散漏えい防止対策徹底マニュアル」I-16)。確かに、場所によってアスベストの濃度に変動がある、場所によって特定の層の厚みが異なる、といったことはよくあることですから、複数の箇所からの採取には一定の合理性があります。1箇所だけから採取した検体で施工範囲全体を代表させるのは危険な場合もあるかもしれません。


問題点1:混ぜると正しく検出できない可能性がある


ただ、その場合はそれぞれの採取箇所でアスベストの濃度や層の構成に変動がある「かもしれない」と考えて採取を行っているわけです。変動があるのであれば違う箇所から採取された検体は異なる構成を持っているわけですから、分析の際に混ぜてしまうことには問題があるのではないでしょうか。

たとえば、ある吹付け材があって含有されているアスベストの濃度が場所によって0-0.3%の変動がある場合を考えてみます。3箇所から採取してそれぞれのアスベスト濃度が0%、0%、0.2%だった場合、個別に分析をしていれば0.2%の検体からはアスベストが検出されますが、混合して分析をした場合、アスベスト濃度が薄くなってしまい、検出が難しくなる可能性があります。


また、日本で規制対象となっているのは「石綿をその重量の0.1%を超えて含有する製剤その他の物」です。層に分かれている検体の場合であれば、その各層が「製剤その他の物」にあたることになります。しかし、3箇所で採取したものを混ぜるとなるとこの層も分けずに混ぜてしまうことになるため、層をなしている検体についてはそもそも混合すること自体が不適切ということになります。

このように考えると、3箇所から採取された検体を混合して1つの検体として扱うことにはやはり問題がありそうです。


問題点2:分析して初めて別構成の建材だとわかる事がある


それでは3箇所から採取された検体を3つそれぞれに分析しつつ、結果報告は1検体分として報告するのはどうでしょうか。この場合、すべて同じ構成で同じ結果が出ているのであれば大きな問題はないように思えます。しかし、採取の時点では同一の建材と判断されていたものの実際には別の建材であった、という場合には問題が出てきます。あるいは、そもそもばらつきを考慮して3箇所から採取したのであれば、同じ建材であったとしても構成やアスベストの有無が異なっている可能性があります。その場合、どの結果をその検体の結果として報告するべきでしょうか?


問題点3:分析者の恣意的な判断が含まれるようになる


そして、アスベスト有りと無しの結果があって有りの方だけを報告するということになったとして、それは本当に適切な結果と言えるのでしょうか?3箇所からの採取はあくまで、その建材のアスベストの有無を正しく評価するためにはそれだけの採取・分析を行う必要がある、という建材調査者の判断として行われるべきことです。そして、建材調査者が分析結果に基づいてその建材のアスベスト含有についての判断を行うべきです。3箇所から採取された検体に対して分析者が何らかの(例えば3箇所から採取されたものを個別に分析して1つの結果を選ぶなどの)判断を下して1つの結果のみを出すのは、この建材調査者がするべき判断を分析調査者がやってしまっていることになるのではないでしょうか。


上記のような問題があることから、「石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル第2版」においては、JIS A 1481-1で分析する場合に複数の箇所から採取した検体はそれぞれ1検体として分析しなければならないという記載がされています(「石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル第2版」p.42)。



結論―適切な検体採取


今も続く採取箇所や1検体の扱いに関しての混乱は、建材調査者の資格制度ができる前に旧JISの中に記載されていた採取方法がそのまま分析マニュアルや飛散防止徹底マニュアルに引き継がれてしまったことに起因していると言えそうです。建築物石綿含有建材調査者の資格ができたのが2013年ですから、旧JISが制定された当時は建材調査者・分析調査者の制度も建材調査者・分析調査者による事前調査の義務付けも当然ありませんでした。したがって、建材調査者が責任を負う範囲と分析調査者が責任を負う範囲の区別がされていなかったのは仕方がないことかもしれません。


しかし、今では事前調査について資格を持った建材調査者・分析調査者が行うことが義務となっています。本来、建材調査者が状況に応じて判断すべき採取箇所数を3箇所とあらかじめ決めてしまうのはそもそもおかしなことです。また、分析調査者が判断して、複数個所から採取された検体についての結果を1つだけ報告するのも不適切と考えざるを得ません。そのような判断はアスベスト含有についての判断に誤りだけではなく、その後の対応に関しての適切ではない判断につながる可能性があります。

建材調査者がその建材についての判断を下すために必要と判断して採取した検体を、分析調査者が恣意的な判断を廃して個別に分析し、その分析結果に基づいて建材調査者が調査対象の建材についての判断を行うというのが本来のあり方ではないでしょうか。


アスベスト分析のための検体採取は1箇所から採取したものを1検体として扱う、ということをこれからの標準にしていくことが、正確な分析のみならず、アスベストに関する様々な処置を適切なものにしていくことにつながると思います。建材調査者・分析調査者の資格制度のなかった時代に作られてしまった「3箇所1検体」から脱却して、適切な検体採取・分析が広まるようこれからも発信していきたいと思います。ここまでお読みくださりありがとうございました。



 

筆者紹介


小沢絢子

株式会社EFAラボラトリーズ ラボマネージャー兼 QAマネージャー

2004年京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻 博士課程修了。2006年より偏光顕微鏡による建材アスベスト分析に携わる。

偏光顕微鏡分析がJIS A 1481−1に組み込まれた2014年より日本環境測定分析協会(JEMCA) アスベスト教育研修インストラクターとして延べ600人超の分析者に偏光顕微鏡分析を指導。

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